阪神大震災から12年。
ニュースでもするってだけじゃなくて、やっぱり思いだす。
当時の私は大学生。
ちょうどテスト時期やった。
大学にはほぼ行ってなかったので、親友ン家で他人のノートを必死に写してた。
その当時、付き合っていたひとつ上の彼は隣で爆睡してたw
4回生やからテストがなかったからね。
で、写し終わって、車で10分ほどの彼の家へ行き、
テストに遅刻しちゃあかんってことで、コタツで寝ることにた。
で、録画してあった番組を観ながら寝ようとつけてた。
ビデオがパツンっと切れた。
アレ?なんで?と言った瞬間、揺れだした。
ドンとまず体に衝撃があって、横に大きく揺れだした。
彼は食器乾燥器を押さえ、「おこう!コタツに入れ!」
私はハッとして、コタツに入ろうとしたけど、
恐怖で体が動かなかった。
あんな大きくて長時間の揺れは初めてやった。
おさまると「しっかりしろ!」という彼の言葉ですぐ窓を開け、
彼は玄関を開け、二人で周囲を確認した。
横に広い駐車場があり、そこが安全だと二人の意見が合い、
車へ乗り込んだ。何もなかったから。
私は、少し落ち着くと嘔吐感と眩暈でフラフラになってしまった。
30分我慢したが、吐き気がとまらず部屋へ戻った。
そこは寮チックなマンションやねんけど、私ら以外、シーンとしてたっけ。怖い。
帰ってすぐTVをつけると、震源地は神戸。
うちは大阪の北より。彼の家から20kmは離れているのにあの揺れ。
おばあちゃんは叔母の家へ泊まりに行っている。
うちより家は古いが、まだ離れている。
親だ!すぐ家に電話した。
が、話中になる。キャッチにしてるからなるわけないのに。
そのころは携帯もなく、心配で心配で震えて涙が出てきた。
さっきまでおじゃましてた親友からも電話があり、
揺れる前、ゴゴゴゴゴと地鳴りみたいなのが聞こえたと言っていた。
親友も私の家に電話をかけてみるから!と言ってくれ電話を切った。
おばあちゃんは無事だった。
近所に住んでる兄の所は繋がったが、わからないと言う。
一時間ほどしてやっと繋がった。無事だった。
停電していたそうで、お互いの無事を確認していたら、
うわぁ、またや〜!と母が叫んだ2〜3秒後、こちらも揺れだした。
とりあえず、切るで!と切った。
そのときは、だいぶ落ち着いてコタツにもぐりこんだっけ。
その後、テレビで情報を集め、必要なものを購入し、
家へ帰ったが、うちでは何も困ることはなかった。
ただ、私の部屋のテレビや絵が床に転がってはいたけど。
そうそう、お母さんは部屋が平行四辺形になった!と言ってた。
怖い。それでも震度4とか5。
神戸なんて想像を絶する。
彼ン家はマシやったはずやのに、今でも怖いです。
地震後、私はしばらく、恐怖のせいで、
ベッドで寝ずに、ホットカーペットの上で寝てた。
少しの余震、うぅん、
余震がなくても飛び起きてた。1ヵ月位はそんな状態。
そして友人に連絡を取りたくても、しばらく取れなかった。
まだ、携帯は普及してなかった頃やった。
心配やった。
私の周囲では亡くなった人はいないが、
家事にもう少しで巻き込まれる人はいた。
でも私の友人には友達を亡くした人もいる。
1ヵ月後、渋滞もなくなった頃、彼と深夜に神戸へ車で向かった。
忘れないために。邪魔にならないように。
高速道路が・・・家が・・・だいぶ落ち着いていたとは言え、酷かった。
三宮駅周辺へ着いた時、我慢してたけど涙が止まらなかった。
「ゴメン、帰ろう」というのが精一杯。
彼も「わかった、帰ろう」と一言だけ。
無言のまま大阪へ戻った。
良いことしてるつもりで、友達を助けに行く!とイキがってたヤツとケンカしたっけ。
道路どうなるかわかってんのか!と。
案の定、すぐ渋滞して救出や援助が遅れた。
後から友達は、行かんで良かった、行ってたら悔やんでも悔やみきれんと。
こういう人結構おった。
バイクやチャリ、歩きでは別ね。
神戸のコの話でもいろいろ聞いた。
マスコミのヘリで生き埋めになってる人の声が聞こえなくなったりしたそうだ。
コレは非難されてたけど、知らない人も結構いるみたい。
自分も大変なのに、必死で救助している人の中には、
空に向かって、大声で消えろ、等と泣き叫んだ人もいたそうだ。
私の知人の父親もそうだったらしく、しばらく人間不信に陥ったそうだ。
またヤ○○の人たちが多いんやけど、彼らが指揮をとって、
救出活動をしたそう。
警察より頼りになったと言う人もいた。
色んな話がある。
良い事もダメな事も、
被害を少なくするために知っておかなくちゃいけないと思う。
クサイけど、亡くなった方々のために。
心からそう思うねん。
私もとりあえず、ベッドの近くにすぐ身につけれるように、
ウェストバッグに発電機・ラジオ付懐中電灯とお金や薬を入れて置いている。
そして、クローゼットの中には別の準備をしている。
水やサランラップ(役立つんですよ)や缶詰や猫缶とかその他。
でも完璧じゃないな・・・。
部屋のベッドの位置は一応何も、倒れてこない位置にしている。
猫の部屋の本棚は突っ張り棒と飛散防止シートを貼っている。
でも、もっともっとしなくちゃならないな。
うん、いい機会だ。
ちゃんと考えようっと。
お亡くなりになられた方のご冥福をお祈りします。
そして、体や心に傷を負われた方、今も苦しまれている方の心が、
少しでも穏やかになりますよう、お祈りします。
追記
それまでも考えていたのだけれど、
頑張ってという言葉について、この時考えた。
よくお邪魔させて頂くブログの方が、頑張るという言葉について、
この間、日本人はネガティブに捉えすぎだと仰ってました。
コメントしようかなと思いましたが、長々と真剣に書いちゃいそうなので、
やめたんやけど、また落ち着いたら書くかも。
私も、気合を入れるために自分でも使うけど。
地震の時や酷い状況にいる人には、頑張ってって言うのは、
私は酷だと感じて使えなくなります。
突き放すように聞こえたりもするし、追い込むことにもなる。
そういう人を間近で、(公私で)何人も見てきたので、
さらに辛い思いをさせてしまうことが、とても怖い。
んー、言葉って難しいなぁ。
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